伊藤長七胸像

提供: 五中・小石川デジタルアーカイブ
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伊藤長七胸像

伊藤長七胸像 (いとうちょうしちきょうぞう)は、初代校長伊藤長七の栄誉を称えて造られた胸像である。公立学校で校長の像を設置してるのはめずらしいとされ、これは初代校長伊藤長七が校風に与えた影響の大きさを示している。

経緯

昭和4年、財団法人紫友会から紫友同窓会が独立し、その事業として故伊藤長七氏の胸像建設が予算3000円で可決された。昭和6年4月19日に除幕式が行われた。伊藤長七は除幕式前年の昭和5年に亡くなっている。

碑文の草案は橘純一、製作は本山白雲。講堂の前にあったが台座が戦災にあった。以後校長室、紫友会館内と場所を移し、2016年現在は正面玄関入り口近くに設置されている。

碑文

わが母校の歴史は初代校長伊藤長七先生にはじまる 先生によって府立五中は第一次世界大戦後の日本に新教育の先駆として登場した その伝統は第二次世界大戦後の小石川高等学校につづき 「開拓の精神」も生きている 伊藤先生は信州諏訪の産 終生を教育にささげ 一九三〇年五中在任中ご逝去 ときに五三才 今に残るむらさき草の校章は先生の撰にかかる 一九六八年七月母校創立五〇年の佳日に 紫友同窓会記

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