1971年度 (昭和46年度)

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できごと

夏季休業中に水泳講習、クラブ合宿実施。[1]

4月から6月にかけて、「沖縄返還協定調印反対」の立看が断続的に出され、ビラ配りもさかんに行われる。[2]

生徒総会で沖縄協定反対の決議が採択される。[3]


一年生の遠足は富士五湖近辺(白滝・紅葉台)。二年生の遠足はサイクルスポーツセンター。三年生の遠足はABEFGが鎌倉。Cがサイクルスポーツセンター。Dが多摩動物園。Hが森林公園。Iが狭山湖。[4]


4月 「開拓」廃止の意見が出る[5]

4月 臨時総会で会費値上げ可決[6]

4月8日 入学式(男子299、女子141、計440名)[1][2](4月10日という説[6]もある)

4月9日 始業式[1][2]

4月15日 第5校時、臨時生徒総会(入管闘の要請、署名要求に基づく。劉君問題と3月バリ封の総括)[2]

4月17日 朝から入管闘生徒1名がハンスト[2]

4月22日 結核検診[1]

4月22日 身体検査[1]

4月27日 放課後“劉君支援総決起集会”(全闘委主催、生徒10名参加)[2]

4月28日 定期検診[2]

5月1日 芸術鑑賞会(於・国立博物館。ソ連所蔵名品百選展)[2][1]

5月4日 開校記念日[1]

5月12日 春の遠足。1年は秋川渓谷。2年は霧ヶ峰(1泊)。3年、クラス別[2][1]

5月14日 短縮(45分)6時限授業。12時~1時半の間に定例生徒総会(45年度決算・46年度予算承認)[2]

5月22日 PTA総会[1]

5月26日 LHR時、体育館で野田幸三郎先生(日本史。5・7の午前10時10分、大職印刷室で急逝)の追悼式[2]

5月28日〜5月31日 中間考査[2][1]

6月19日 映画「戦争と人間第一部」上映(於:講堂)[7]

6月19日 放課後、文化委員会主催の映画会(於・講堂。「戦争と平和」)[2]

7月8日〜7月12日 学期末考査[2][1]

7月12日 期末考査終了後、夏季学校キャンプ(於・霧ヶ峰)・クラブ合宿参加希望者検診[2]

7月17日 校内3ヶ所に浄水器設置[5]

7月20日 「創作」第88号発行[7]

7月20日 終業式[2][1]

9月 結核検診(中旬)[1]

9月1日 始業式[2][1]

9月8日 職員会議で教務からの“新カリ委員会”設置提案(2年期限の特別委員会、48年度からの高校学習指導要領改訂に備え、学校独自にカリ問題を検討する役割)を承認。後日に発足して、11・18に第1回会合を持ち活動開始[2]

9月26日 体育祭・縦割りコンパ。但し、体育祭は、午前中挙行、午後は降雨のために中止[2][5]

9月29日〜9月30日 芸能祭(於:講堂)[2][5]

10月2日 創作展第1日[2][5]

10月3日 創作展第2日・後夜祭[2]

(行事については、9月26日〜9月30日 体育祭・創作展、 10月3日 芸能祭 とする説[1]もあり)

10月30日〜11月2日 中間考査[2][1]

11月 (マラソン大会)[1]

11月 11月に入ると、一般生徒に対して、ベ平連・生徒有志・民青らによる「沖縄返還協定の国会承認反対」の呼びかけが盛んとなり、HRで「返還協定反対」の決議をするところも現われる[2]

11月 3DのHRで、沖縄返還協定反対のクラス決議が可決[6]

11月 中央委員会が全HRに沖縄返還協定問題についての討論よびかけ[6]

11月 沖縄返還協定反対で、生徒350人国会請願

11月8日 「創作」第89号発行[5]

11月18日 午前中、臨時生徒総会(3年1クラスの要請、署名要求に基づく。返還協定反対決議提案)[2][6]

11月19日 総会続行。午前に提案可決。午後に動議の「国会請願デモ実施」を可決。この報告を受けて学校側は「学校責任の範囲外のことであり、望ましくはない。しかし生徒総会の決議は尊重する。(請願行動も)生徒個々人の自主的判断で参加する場合は黙認する。但し父母の了解は必ず得ること。請願行動の場合、危険防止のために教員若干名が付添うことにするが、内ゲバや外部勢力の介入等危険の時は中止する」との諸点を生徒会長・評議会議長らに示す。後日、届出責任者は3年生徒の父母が、そして主催者は生徒会員から成る11・28実行委員会と決まる[2][6]

11月24日 実行委が関係諸官庁との正式手続を完了[2]

11月27日 旧全闘連系生徒は立看で「デモ不参加表明」[2]

11月28日 350名の国会請願デモ実行(午前10時から1時間。三河台公園ー国会ー清水谷公園)。国会議員面会場で生徒会長が請願書・署名簿を二院クラブ喜屋武氏に手交[2][3][8][6]

12月 校内の緑化事業として花壇の整備と西側レンガ塀の上に防球金網を整備[9]

12月14日〜12月17日 学期末考査[2][1]

12月25日 終業式[2][1]

12月25日〜12月30日 スキー教室(於:新潟県新赤倉)[1][6](「夜行で出発(於・妙高高原。初心者中心、5泊6日)」という説[2]もあり)

1月8日 始業式[2][1]

1月13日〜 日本赤十字社主催「救急法講習会」が1週間にわたり行われる(於:紫友会館)[6]

1月26日 評議会でフォークソング同好会、将棋同好会、文学散歩同好会を翌年度からクラブに昇格することを承認[6]

1月28日 保田寮を妙本寺に正式売却[2]

2月10日 授業打ち切り(3年)[1]

2月16日 ガイドブック・予備調査票配布[2]

2月18日 放課後、1年に選択講座説明会[2]

2月19日 放課後、2年に選択講座説明会[2]

2月24日 学力検査[2]

2月24日 学力検査終了後、K戦線生徒4名が校内に入り、下校する受験生にビラ手交[2]

2月25日 沖縄協定抗議行動の反省のための生徒集会[6]

2月25日 第5校時、臨時生徒総会(K戦線が要請、署名要求に基づく)は定数不足で不成立。集会に切換えK戦線生徒が11・28請願デモを非難[2]

3月1日 「開拓」第58号発行[10]

3月1日 生徒会新役員決定[6]

3月 食堂の食券を1枚45円から53円に値上げ予定。食パンは2つ40円から50円に値上げ[6]

3月6日〜3月9日 学期末考査[2][1]

3月9日 期末考査終了後、選択の最終調整。選択受講者決定[2]

3月15日 「創作」第90号発行[6]

3月15日 2年ぶりに卒業式(第50回期生)が行われる(男子301、女子133、計434名)[2][6][1]

3月18日 修了式[2]

3月20日 終業式[1]

3月30日 音楽研究会定期演奏会[6]

3月31日 1929年に本校に就任し、五中の主と称された三和一雄先生が37年の教員生活から退職。引き続き、非常勤講師(数学)、紫友同窓会有給事務員[6](在職43年という説[9]もある)

3月31日 井上義夫校長退職[11][2][8][9]

3月31日 松元敏雄教頭が転出(栄転)[9]

教職員一覧

職名 教科目 氏名 担任 校務分掌 クラブ顧問 PTA・紫友会
校長 井上義夫 紫友会理事長
教頭 社会(倫理・政経) 松元俊雄 P副会長・紫理事
教諭 国語 市毛勝雄 3G 生活指導 男子バレー
金津秀一郎 3C 学年主任 部落研 P委員・紫理事
木村博 2D 教問検 写真研
鈴木由次 1B 学年主任 P委員
西川朝彦 2A 職員会議議長 女子バレー
南沢鉄郎 2I 人事委(長)
森下千代 教問検 文学散歩
吉田良夫 生活指導(長) 映研・劇研 P委員
社会 倫社 田中正彦 1I 生活指導 野球・社研
政経 川野健二郎 生活指導 山岳・ワンゲル同 紫理事
世界史 小沢正男 保健 開拓
佐藤三夫 3I 人事・総務 女子バレー
日本史 佐々木守 教問検
地理 斉藤薫 2G 学年主任・学年協(長) P委員・紫理事
高野繁 予算委(長) 女子バレー・男子バスケット
数学 青木太夫 3A 保健 野球
飯島忠 2C 生活指導 数理研・硬式テニス
岩瀬重雄 1A 生活指導
上野礼一郎 教務
国枝久士 教務(長) 男子テニス・数理研 P委員
留岡亮二 1C 教務・人事 将棋・バドミントン・鉄研
橋本弘子 教務 卓球
三和一雄 総務・予算 サッカー 紫理事
理科 物理 江渡明穂 1E 生活指導 電波研
斉藤茂 2B 生活指導 鉄道研
佐々木晴彦 1H 保健 女子テニス
化学 住谷正夫 3B 教問検(長) 落語研・精神科学研
竹野博 総務・予算 男子バレー 紫監事
長谷川俊明 生活指導 化学研・卓球
地学 土屋龍雄 3D 教務・人事 天文研・剣道
生物 大滝末男 保健 生物研・水泳・スキー
下河嗣朗 1C 職員会議議長 生物研
保健体育 熱田恵司 3H 教務 男女バスケット
千葉芳弘 2H 生活指導 柔道
西中良夫 保健(長) 体操 P委員
三沢好章 1F 生活指導 サッカー
馬上キミエ 生活指導 陸上
芸術 美術 大勝恵一郎 生活指導 美研・将棋研
工芸 前田泰彦 生活指導
音楽 横田勇 教務 音楽研・軽音研
外国語 英語 新貢治 総務(長) P書記・紫理事
石川昌 教務・落し物
井上喜八郎 2E 教問検 写真研
大滝宗一郎 3E 生活指導 柔道
鈴木宏 2F 教務 ワンダーフォーゲル
田島敏雄 保健 陸上
三浦訖 教務
山名盛義 3F 総務 英語研
家庭 大町淑子 1D 生活指導 茶道・華道
司書 外国語(仏) 面川洽治 教務
養護 大宅三恵子 保健 茶道・華道
講師・校医
教科 氏名
非常勤講師 漢文 寺田純子
守屋禎次
社会 政経 阿部由紀
地理 海東達也
倫社 福島哲弘
日本史 武田修
世界史 土肥暢子
川勝守
安野真幸
数学 伊藤和雄
理科 地学 木原国昭
生物 今井壮一
保健 岡田信子
芸術 書道 魚住和晃
長沼雅彦
外国語 英語 石塚浩司
近藤浩一
久泉鶴雄
独語 布施敬二郎
校医 内科 中村脩
耳鼻咽喉科 大久保薫
眼科 村尾勉
歯科 橋本八朗
薬剤師 高木重長
事務職員関係
職名 氏名 分担 PTA・紫友会
事務長 沢田芳郎 総括 P委員・紫理事
事務主事 有賀清之助 庶務
岩崎弘 管財・物件費 紫書記
加藤直子 歳出
佐々木君子 人件費
竹内節子 私費会計
事務主事補 松本きよ子 管財・物件・奨学金
主事補 小柳隆太郎 管財・歳入
用務員 上原桑吉
鈴木弥太郎
吉田治男
司書補 長峰恵美子 図書
業務員 田中正次 理科
学校警備員 鎌田六郎
望月季美
助手 遠藤光江 事務
大久保誠二 教務

生徒在籍数

A B C D E F G H I
1年 33 34 33 33 33 32 34 33 34 299
16 16 16 16 16 15 15 16 15 141
49 50 49 49 49 47 49 49 49 440
2年 33 33 32 33 31 33 33 33 33 294
16 16 15 16 15 14 16 14 15 137
49 49 47 49 46 47 49 47 48 431
3年 32 35 35 34 35 32 32 34 34 303
16 14 15 14 13 16 16 14 15 133
48 49 50 48 48 48 48 48 49 436

芸能祭

10月3日開催

体育祭

9月26日開催

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創作展 (第00回)

9月00日、00日の2日間

参加団体

創作展賞

開拓 (第00号)

目次

  • 編集後記

受賞者

卒業アルバム

関連事項

脚注

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 1.17 1.18 1.19 1.20 1.21 1.22 1.23 1.24 高等学校「学校要覧」昭和46年度/2・3
  2. 2.00 2.01 2.02 2.03 2.04 2.05 2.06 2.07 2.08 2.09 2.10 2.11 2.12 2.13 2.14 2.15 2.16 2.17 2.18 2.19 2.20 2.21 2.22 2.23 2.24 2.25 2.26 2.27 2.28 2.29 2.30 2.31 2.32 2.33 2.34 2.35 2.36 2.37 2.38 2.39 2.40 2.41 2.42 2.43 2.44 60周年記念誌
  3. 3.0 3.1 「創作」第113号:昭和56年7月20日/(4)
  4. 生徒会だより昭和46年5月18日号
  5. 5.0 5.1 5.2 5.3 5.4 5.5 「創作」第89号:昭和46年11月8日
  6. 6.00 6.01 6.02 6.03 6.04 6.05 6.06 6.07 6.08 6.09 6.10 6.11 6.12 6.13 6.14 6.15 6.16 「創作」第90号:昭和47年3月15日
  7. 7.0 7.1 「創作」第88号:昭和46年7月20日
  8. 8.0 8.1 創立70 周年記念誌
  9. 9.0 9.1 9.2 9.3 紫友同窓会会報No.1_1973年(昭48年)
  10. 「開拓」第58 号(昭和47 年3 月1 日発行)/ 表紙
  11. 「創作」第91号:昭和47年6月30日/(1)