1976年度 (昭和51年度)

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できごと

(水泳講習)(夏季休業中)[1]

クラブ合宿(夏季休業中)[1]

当時の生徒会が新聞部を新聞委員会とすることを決定[2]

夏季休暇中プール公開(全期間350円。但し、水泳部合宿期間、試合日、日曜等を除き、実質19日間)[3]

紫友同窓会の副会長に若林(旧姓・石渡)高子氏(06回卒)就任[4]



4月8日 始業式[3][1]

4月9日 入学式(男子273、女子146、計419名)[3][1]

4月20日〜4月21日 定期検診[1]

4月27日〜4月28日 午前中授業、午後に定期検診[3]

5月1日 芸術鑑賞会(於・国立博物館。中華人民共和国古代青銅器展)[3][1]

5月4日 開校記念日[1]

5月12日 春の遠足。1年は富士山麓紅葉台、2年は伊豆大仁サイクリングスポーツセンター(含、3年1クラス)、残る3年は4班に分かれ、鎌倉・多摩動物園・森林公園・狭山湖へ[3][1]

5月19日 LHR時、定例生徒総会(50年度決算・51年度予算案承認)[3][5]

5月19日 放課後の職員会議で、生活指導部提案の「改訂・合宿実施要項(日数は男女共4泊5日以内、費用は1人1万2千円プラス交通費以内)」を承認[3]

5月26日〜5月28日 中間考査[3][1]

5月29日 PTA総会[1]

6月1日〜5月19日 紫友会食堂が値上げ(そば100円→120円など)[5]

6月19日 放課後、文化委員会主催の映画会(於・地理室。「市民ケーン」)[3]

7月2日 昭和51年度紫友同窓会委員会開催[4]

7月8日〜7月12日 学期末考査[3][1]

7月12日 期末考査終了後に、女子、翌日に男子の、夏季クラブ合宿参加希望者検診[3]

7月20日 「創作」第93号発行[5]

7月20日 終業式[3][1]

9月1日 始業式[3][1]

9月21日 「創作」第94号発行[6]

9月23日〜9月24日 芸能祭[7][3]

9月25日〜9月26日 創作展[7][3]

9月29日 体育祭[7]

10月 生徒用図書として、野田文庫誕生(故野田幸三郎先生未亡人が処分依頼の形で学校に寄贈した蔵書一部の処分費を活用)[3][8]

10月 校内販売のパン(中村屋)の価格が平均50円から80円になった。[7]

10月20日 四回卒業生50周年記念合同クラス会(如水会館)[9]

10月26日〜10月28日 1・3年中間考査[3][1]

10月26日〜10月29日 2年生修学旅行(第一班)博多・長崎・雲仙・島原・阿蘇山・熊本(3泊4日)[3][1][7]

10月27日〜10月30日 修学旅行第二班

都の予算の関係で九州への修学旅行はこの年が最後で翌年からは東北方面へ変更になることが発表されていた[7]

11月17日 「創作」第95号発行[7]

11月24日 LHR時、定例生徒総会(生徒会費値上げ案審議)、時間切れで採決持ち越し[3]

11月27日 放課後、第1回都立高校情報交換会(於・紫友会館、第4学区5校の生徒会役員により構成。教員2名傍聴)。1・29の第2回交換会、2・12の第3回交換会、いずれも放課後、本校で開催[3]

12月1日 生徒総会で生徒会費を年間2200円から3000円へ値上げすることを強行採決し可決[10][3]

12月13日〜12月16日 学期末考査[3][1]

12月25日 終業式[3][1]

12月26日〜12月30日 スキー教室(於・新潟県妙高高原、4泊5日)[7][3][1]

1月5日 母校(小石川高)勤務の新旧教師の集い(会長、成田喜英先生)を開催。於・紫友会館。第四~九代校長出席[4]

1月8日 始業式[3][1]

1月19日 「創作」第96号発行[10]

1月26日 落語研究会が寄席を開く(於:紫友会館3階大和室)[10]

2月 紫友会、茨城県鹿島郡に1,982m2の土地取得[8]

2月2日 生徒会役員選挙[11]

2月9日 ガイドブック・予備調査票配布[3]

2月12日 演劇同好会公演[10]

2月12日 放課後、講堂と図書館で夫々1・2年に選択講座説明会。3・11最終調整で選択受講者決定[3]

2月14日 授業打ち切り(3年)[1]

2月25日 学力検査[3]

2月28日 「五中の主」と言われ、「三和チン」の愛称で親しまれた三和一雄先生が逝去。享年69歳。[11] 三和先生は同窓会の発展にも多大な貢献をされた。[9]

3月1日 「開拓」第63号発行[12]

3月8日〜3月11日 学期末考査[3][1]

3月11日 期末考査終了後、春季合宿参加希望者検診[3]

3月15日 卒業式(男子259、女子146、計405名)[3][1]

3月19日 修了式[3][1]

3月31日 1942年から35年間にわたり勤務した数学科の上野礼一郎先生(「禮一郎」との記述もある)が退職。[11] 馬上キミエ先生(体育、在職27年)、南沢鉄郎先生(国語、在職24年)退職[9]

教職員一覧

職名 教科目 氏名 担任 校務分掌 クラブ顧問 PTA・紫友会
校長 清水勝太郎 紫友会理事長
教頭 数学 白石毅 P副会長・紫常任理事
教諭 国語 安藤唯夫 2D 保健 男子バレー
牛尾博孝 教務・人事 女子バレー・文学散歩・将棋
金津秀一郎 2H 学年主任・学年協(長) 社研・部落研・ラグビー P委員・紫理事
木村博 2G 教問検 写真
鈴木由次 1I 学年主任 P委員
戸部史郎 1A 職員会議々長 漫画・演劇
西川朝彦 職員会議々長 女子バレー
南沢鉄郎 3F 学年主任 陸上競技 P委員
社会 倫理 田中正彦 2B 教務 野球
政経 川野健二郎 3A 総務(長) ワンダーフォーゲル P書記・紫理事
世界史 小沢正夫 教務
佐藤三夫 人事(長) P委員
日本史 鬼頭明成 3H 生活指導 ワンダーフォーゲル
佐々木守 1C 生活指導
地理 斉藤薫 予算 剣道 紫理事
高野繁 人事 男女バスケット
数学 橋本弘子 総務 卓球
上野禮一郎 生活指導
青木太夫 職員会議々長
岩瀬重雄 総務 軽音研
國枝久士 教務(長) 男子軟式テニス P委員
留岡亮二 2E 予算(長) 将棋・バドミントン 紫監事・P委員
浜詰均 1F 生活指導 硬式テニス
山口正光 生活指導・人事 バドミントン
理科 物理 江渡明穂 1G 教務 電波
斉藤茂 3B 教務・人事 鉄道
佐々木晴彦 2A 生活指導
化学 住谷正夫 1B 予算 映画・落語・化学
竹野博 生活指導(長) 男子バレー・美研
地学 土屋龍雄 3D 生活指導 天文 紫監事
生物 大滝末男 総務・保健 水泳・生物・スキー
下河嗣朗 2C 教問検 生物
保健体育 高田俊治 1D 生活指導 サッカー
馬上キミエ 3C 総務 陸上競技
岡村茂 生活指導 ラグビー
千葉芳弘 2I 生活指導 柔道
西中良夫 教務 体操
星寿男 生活指導 男女バスケット
芸術 工芸 前田泰彦 教問検 ダンス同
音楽 横田勇 教務 音楽・クラシック音楽
家庭 小竹千香子 1E 保健 華道
外国語 英語 山名盛義 総務 英語・フォーク
新貢治 教問検(長) サッカー P委員・紫理事
井上喜八郎 1H 保健・教問検 開拓・写真
大滝宗一郎 3G 保健
鈴木宏 2F 教務 ワンダーフォーゲル
石川昌 生活指導
田島敏雄 生活指導 女子軟式テニス
三浦訖 教務
山口公也 3E 教務 山岳
司書 外国語(仏) 面川洽治 教務
養護 大宅三恵子 保健(長) 茶道 P委員
実習助手 田中正次 理科
講師・校医
教科 氏名
講師 国語 守屋禎次
寺田純子
社会 政経 梶野茂男
世界史 長沼宗昭
数学 吉田準三
近藤良夫
理科 化学 岩田敦子
山本喜美子
地学 木股三善
杉山和夫
永田洋
体育 戸塚孝子
芸術 書道 加藤満枝
美術 武部次郎
常松菅晴
岡部央
関谷光生
外国語 独語 布施敬二郎
校医 内科 武藤二郎
耳鼻咽喉 大久保薫
眼科 村尾勉
歯科 橋本八朗
薬剤師 内田賢司
事務職員関係
職名 氏名 分担 PTA・紫友会
事務長 船津宏 総括 P会計・紫理事・紫書記
主査 尾崎保 経理
主事 加藤直子 歳出・人件費
金谷重勝 管財
成沢直子 諸給与
安田弘美 私費・授業料
山口則夫 物件費
有賀清之助 庶務・共済互助関係
司書 佐藤美穂子 図書
用務 鈴木弥太郎
吉田治男
上原桑吉
警備 望月季美
増田行男
助手 加藤美紀子 事務
高野由美子 教務

生徒在籍数

A B C D E F G H I
1年 30 30 30 30 31 31 31 30 30 273
16 17 16 16 16 16 16 16 17 146
46 47 46 46 47 47 47 46 47 449
2年 30 30 30 30 31 30 30 30 30 271
16 15 16 16 15 16 15 16 16 141
46 45 46 46 46 46 45 46 46 412
3年 29 28 28 29 30 28 28 29 30 259
16 16 16 16 16 17 17 16 16 146
45 44 44 45 46 45 45 45 46 405

芸能祭

9月23, 24日


体育祭

9月28日開催。パンフレットの表紙には9.28とあるが、新聞『創作』第95号の3ページには『体育祭は、九月二十九日快晴のもと本大会が行なわれ』と書かれている。しかし同記事のヘッダ部には『二十八日 体育祭』とも書かれている。雨で順延になった可能性もあるが、そのような記述は今のところ見つからないので予定通り9月28日開催だったと思われる。

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創作展 (第45回)

9月25, 26日

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関連事項

脚注

  1. 1.00 1.01 1.02 1.03 1.04 1.05 1.06 1.07 1.08 1.09 1.10 1.11 1.12 1.13 1.14 1.15 1.16 1.17 1.18 1.19 1.20 1.21 1.22 高等学校「学校要覧」昭和51年度/4・5
  2. 「創作」第147号:1989年3月15日/(2)
  3. 3.00 3.01 3.02 3.03 3.04 3.05 3.06 3.07 3.08 3.09 3.10 3.11 3.12 3.13 3.14 3.15 3.16 3.17 3.18 3.19 3.20 3.21 3.22 3.23 3.24 3.25 3.26 3.27 3.28 3.29 3.30 3.31 3.32 60周年記念誌
  4. 4.0 4.1 4.2 紫友同窓会会報No.4_1976年(昭51年)
  5. 5.0 5.1 5.2 「創作」第93号:昭和51年7月20日
  6. 「創作」第94号:昭和51年9月21日/(1)
  7. 7.0 7.1 7.2 7.3 7.4 7.5 7.6 7.7 「創作」第95号:昭和51年11月17日
  8. 8.0 8.1 創立70 周年記念誌
  9. 9.0 9.1 9.2 紫友同窓会会報No.5_1977年(昭52年)
  10. 10.0 10.1 10.2 10.3 「創作」第96号:昭和52年1月19日
  11. 11.0 11.1 11.2 「創作」第97号:昭和52年4月8日
  12. 「開拓」No.63(昭和52 年3 月1 日発行)/ 表紙