1984年度 (昭和59年度)

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できごと

この年、臨時学級増があり上級学年の9学級編成に対して第1学年はA組からJ組までの10学級編成となった。臨時学級増は昭和38年度以来で、体育祭その他縦割り行事で非常に都合が悪く、学校でも反対でした。[1]

4月9日 始業式

5月1日 東京国立博物館にて芸術鑑賞会「インド古代彫刻展」

5月16日 遠足。1年、佐倉・成田。2年、城ヶ島。3年、鎌倉。

7月に校舎改築委員会を設置、全面改築への準備が始まった[2]

9月13日 文筆活動に携わっている有志により「紫友ぺんくらぶ」を結成し、約70名で総会を開催[3]

9月 七十年史誌刊行委員会設立[4]

3月 三浦訖先生(英語、21年在職)、斉藤茂先生(物理、在職14年)、鈴木彌太郎氏(用務、在職21年)、吉田治男氏(用務、在職21年)退職[5]

教職員一覧

職名 教科目 氏名 担任 校務分掌 クラブ顧問
校長 加藤道理
教頭 安蔵復也
教諭 国語 安藤唯夫 1C 保健・人事委員長
伊藤恭一 生活指導 軟式野球・体操
佐川章 教務 軟式野球
寺井泰明 2G 生活指導 フォークソング
中村祐之 予算委員
西川朝彦 3A 人事委員長 文芸
三浦吉明 2B 議長 硬式テニス・漫画
大塚隆夫 (休職)
社会 倫理 田中正彦 教務 女子軟式テニス
政経 弦間秀友 3I 進路指導
日本史 佐々木守 進路指導
世界史 佐藤三夫 2D 二学年主任
鈴木敏彦 1F 教務 演劇
地理 海東達也 生活指導 バドミントン
三浦真 1I 生活指導 バドミントン
数学 岩瀬重雄 総務 軽音楽
國枝久士 3D 三学年主任 男子軟式テニス
越部良一 生活指導 サッカー
篠原健二郎 2E 生活指導 将棋
留岡亮二 予算委員長 将棋
橋本弘子 2F 教育課程委員長 卓球
浜詰均 総務
村瀬欽也 1H 教務 卓球
山口正光 3F 教務 電波
理科 物理 斉藤茂 3H 総務部長・予算委員 剣道
佐々木晴彦 1E 人事委員
化学 安楽貢 総務
片江安巳 3E 教務 化学
妻木貴雄 2G 教務 剣道
生物 岩田浩司 3C 進路指導 スキー・生物
八重樫健弌 2C 保健 スキー
地学 永田洋 生活指導 水泳・天文
保健体育 大西千恵子 生活指導 男子バスケット・女子バスケット
大羽絹枝 教務 体操
坂之井不二雄 2A 教務 ラグビー
高田俊治 生活指導部長 サッカー
千葉芳弘 保健 女子バスケット、柔道
古山光久 1A 生活指導 男子バレーボール、陸上競技
芸術 音楽 矢内寛 1J 一学年主任 音楽・古典音楽
美術 仲瀬律久 2I 進路指導・人事委員 美術
外国語 英語 生山文雄 生活指導 英語
石川幸光 1B 生活指導 硬式テニス
川崎清 1D 議長 柔道
小島義朗 生活指導 軟式野球
鈴木宏 教務部長 ワンダーフォーゲル
瀬谷三郎 2H 教務 映画
武内昭二 人事委員・予算委員 ワンダーフォーゲル・写真
三浦訖 進路指導部長 百人一首
山口公也 3B 生活指導・人事委員 ワンダーフォーゲル
家庭 小竹千香子 3G 保健 華道
司書 面川洽治 教務
養護 志村玲子 保健部長 茶道
実習助手
講師・校医
教科 氏名
講師 国語 金津秀郎
南沢鉄郎
篭谷吉夫
社会 現代社会 田島正行
田村均
川野健二郎
日本史 田中良和
地理 高野繁
数学 近藤良夫
理科 理科I 土屋龍雄
物理 佐藤孝一
綱河仁志
保健体育 滝口則次
芸術 工芸 斉藤純子
書道 伊藤順子
外国語 独語 布施敬二郎
校医 内科 武藤二郎
耳鼻咽喉 大久保薫
眼科 村尾勉
歯科 橋本八朗
薬剤師 井瀬明夫
事務職員関係
職名 氏名 分担
事務長 堀江肇 統括
主査 落合清 経理・庶務
主事 成澤直子 給与・福利
伊藤智行 庶務・学事
徳富優 契約
三好悦司 施設・契約
片岡真理子 管財・経理
松村サチ代 司書
鈴木弥太郎 用務
成登富子 用務
(吉田治男) (休職中)
増田行男 警備
宮尾勲 警備
業務補助 望月季美 用務

芸能祭

9月23日、24日開催

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体育祭

9月26日開催

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優勝はG組[6]


創作展 (第53回)

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大賞は天文研究会の「無限の瞬間の中に・・・・・・」[7]

関連事項

脚注

  1. 同窓会報No.11, p.7
  2. 同窓会報No.12, p.2
  3. 紫友同窓会報No.12
  4. 紫友同窓会報No.13
  5. 紫友同窓会報No.13
  6. 創作第133号
  7. 創作第133号